日銀はなぜ2%物価目標を掲げているのか

日銀

日銀の金融政策の目的

日銀の金融政策の目的は、「物価の安定」を図ることです。

そして2013年以降、物価を2%程度で安定させることを目標としています。

2%インフレ目標とは

2013年以降、日銀は2%インフレ目標を掲げています。

これは、モノの価格が前年と比べてプラス2%(去年100円であったものが、今年102円で売られている)、状態が続くようになることを目指す、ということです。

2023年1月における日本のインフレ率(消費者物価指数の前年同月比)は4%台に達しました。

しかし日銀が23年1月に示した見通しでは、23年度、24年度における平均コアインフレ率(生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比)は1.6~1.8%まで低下するとされています。

1.6~1.8%というと概ね2%ではありますが、日銀は22年10月の金融政策決定会合においては、2%インフレ目標が安定的に達成できているとはみなしていません。

それは、日本が長らくデフレ(デフレーション、物価の下落)に苦しんできたためです。

低い物価上昇率(低インフレ)により、日本では賃金が上がらないほか、日本企業の国際的競争力も低下しました。

よって日銀としては、将来にわたってインフレ率が2%で推移することが見込めるようになるまでは、インフレ率を押し上げる努力(=金融緩和)を行うこととしています。

また日本経済研究センターの集計によると、民間エコノミスト予想の中央値(23年1月)では、24年度のコアインフレ率は1.2%であり、日銀よりもさらに低いインフレ率が想定されています。

日銀も民間エコノミストが想定するように、インフレ率が1.0%程度まで下がる可能性を意識しているのであればなおさら、日銀が23年1月時点で、2%インフレ目標が安定的に達成できているとはみなしていないことは自然といえます。

日銀のインフレ目標が2%である理由

ただし、「どの水準で物価を安定させるか」がベストなのかは、一概に言うことができませんが、日銀は2013年から2%のインフレ目標を掲げています。

国によって適正なインフレ率は異なるかもしれませんが、日銀の黒田総裁は2014年の講演で、以下の4つを、日銀の物価目標が2%である理由としてあげています。

(1)物価の安定
(2)物価指数による特性 —消費者物価指数の上方バイアス—
(3)金利引き下げ余地の確保 —いわゆる「のりしろ」—
(4)グローバル・スタンダード

(1)物価が2%程度で安定することの重要性

高すぎるインフレ率は良くない

海外では日本以上に物価が上昇しています。IMFのインフレマップをみると、2023年1月時点では、前年比で10%以上、物価が上昇している国も珍しくありません。トルコに至っては前年比70%を超える上昇となっています。

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物価と賃金が同じだけ上昇すれば、物価が上昇しても人々にとって問題はないように思えます。

ただし通常は、物価のほうが賃金よりも先に上昇するので、少なくとも短期的には、物価高で人々の生活は苦しくなります。

また、賃金は人によって異なります。平均的なサラリーマンの賃金が上がったとしても、学生や年金受給者などは収入はさほど増えず、物価高による悪影響を強く受けてしまいます。

物価が「安定」することの重要性

高すぎるインフレ率は、物価の「安定」という面でも問題です。

インフレ率が高すぎると、インフレ率自体が不安定な動きをします。

インフレ率が不安定ということは、来月の食費や電気代などがどうなるかわからないということです。

家計にとっては、今月いくら使ってよくて、いくら貯金をすべきかの見通しがつかなくなります。

想定よりもモノの価格が上がってしまった場合は、生活が苦しくなるでしょう。

企業にとっても、仕入れるモノの値段が予測しにくくなるという問題があります。

想定以上に、仕入れの値段が上がった場合、利益が大幅に減って、倒産する可能性も高まってしまうでしょう。

物価の安定とハイパー・インフレ

また各国の歴史を振り返ると、インフレ率が際限なく上昇することもありました(いわゆる、「ハイパー・インフレ」)。

ハイパー・インフレが発生すると、モノの価格が極端に上昇し、1個100円だったリンゴが、1個1億円になるような事態は、海外だけでなく、日本でも発生しました。

こうなると、買い物に行くのに、リヤカーでお札を運ぶような事態になり、とても不便です。

このような通貨は「紙切れ」とみなされ、海外と取引する際に、海外の人に受け取ってもらえず、モノの輸入ができなくなる、という

現在、ほとんどの国で中央銀行が設立されています。

そして多くの中央銀行が「物価の安定」を目標として掲げていますが(注)、その最大の理由は、ハイパー・インフレを避けるためです。

(注)小規模な国は、多くのモノを他国からの輸入に頼っていて、自国で物価をコントロールできないので、中央銀行が「物価の安定」を目標として掲げていない場合もあります。

低すぎるインフレ率も良くない

消費者目線、かつ、短期的には、物価は低いほうが買い物が安く済むので嬉しいでしょう。

しかし物価が低いということは、人々にとってメリットばかりではありません。

企業が低い値段でモノを売るということですから、企業の利益は減ります。結果として、その企業に働く人の給料が上がらなくなるので、「モノは安いが、給料も安い」という悪循環に陥ってしまいます。

「給料が安くても、モノが安ければ生活は成り立つ」、という考え方もありますが、それはほとんどのモノを自国で生産できる場合は、という条件が付きます。

日本は原油など、多くのモノを海外からの輸入に頼っています。スーパーで食品の産地をみても、肉、魚、果物など、多くの食品が海外から輸入されています。

海外でモノの価格が上昇すれば、日本人は安い給料で、値上がりした海外のモノ(輸入品)を買うことになり、日本人の生活は苦しくなるのです。

よって、「適度にモノの価格が上がり、企業の利益が増え、社員の給料も上がる」という状態が、好ましい状態の一つと言えるでしょう。

(2)物価指数による特性—消費者物価指数の上方バイアス—について

インフレ率とは通常、物価の前年比を指しますが、物価指数にも消費者物価指数(CPI)やGDPデフレーター、企業物価指数など様々なものがあります。

消費者にとっての物価、つまり、国民の買い物かごの中身を前提とした物価は消費者物価指数(CPI)であり、日銀は国民生活を重視する観点から、CPIの一種であるコアCPI(注)に対して2%物価目標を設定しています。

(注)CPIから生鮮食品を除いたもの

しかしCPIは計算方法が原因で、本来の値よりも高めの数字が出るとの研究結果があります『物価指数の計測誤差と品質調整手法:わが国CPI からの教訓』(白塚、2000年)。

実際、CPIと似た物価指標であるGDPデフレーターと比較すると、2013年当時はCPIの方が高くなっていました。

 

出所 Bloomberg

そこで、「2%インフレ率は、日本にとって高すぎるようにも見えるが、CPIは(実勢対比で)高めの値が出やすいので、CPIにおいては2%くらいのインフレ率がちょうどよいのでは」ということになりました。

ちなみにCPIは5年ごとに計算方法などが見直されますが、現在は上記のような上方バイアスはほとんどなくなったといわれています。

 

(3)金利引き下げ余地の確保—いわゆる「のりしろ」—について

日銀の政策金利は、2016年以降、マイナス0.1%となっています。

政策金利の適正値は、「潜在成長率+インフレ率」とされており、潜在成長率が1%、インフレ率も1%なら、政策金利は2%が適正となります。

通常、政策金利の下限は0%です。政策金利が2%ならば、リーマンショックのような危機が発生したときに、日銀は最大で2%ptの利下げを行うことが出来ます(注)。

(注)マイナス0.1%までの利下げを許容する場合は最大で2.1%ptの利下げを行うことが出来ます

注 無担保コールO/N≒日銀政策金利 出所 Bloomberg

しかしインフレ率が0%なら、政策金利の適正値は1%です。そして政策金利が1%なら、日銀は最大で1%ptの利下げしかできません。

「利下げ余地=危機時に日銀が日本経済を支えることが出来る余地」と考えると、日銀は有事に備えて、政策金利をあらかじめ引き上げておくことが望ましいといえます。

よって、「有事の際に利下げを行うことが出来るように、インフレ率を高くし、ある程度の利上げを行っておく」ことが、インフレ目標が2%に設定された理由の一つとなっています。

(4)グローバル・スタンダードについて

「日本にとってベストなインフレ率」を議論する時間がなかった

黒田総裁がインフレ目標を2%にした理由として挙げたの(4)「グローバル・スタンダード」に関しては、「2%目標が世界標準なので、日銀もその値をそのまま使った」ということです。

もし日銀が独自のインフレ目標を設定するなら、その裏付けが必要となります。

しかし、「ベストなインフレ目標」というものがあるわけではないので、2%以外の値をインフレ目標値として設定するには、日銀内だけでも議論が白熱し、決定に時間がかかる可能性があります。

一方で日銀には時間がありませんでした。

日銀が2%物価目標を設定したのは2013年1月22日です。

そして2013年4月、白川前総裁の後任として日銀総裁に就任した黒田総裁の下で、日銀は2%インフレ目標の達成を目指し、大規模な金融緩和を開始しました。

日銀の大規模緩和は、アベノミクスにおける3本の矢(注)の一つとされており、政府の意向が反映されています。

(注1)アベノミクスの第一の矢:大胆な金融政策、第二の矢:機動的な財政政策、第三の矢:民間投資を喚起する成長戦略

白川前総裁は、2013年4月8日の総裁任期の5年満了を待たずして、3月19日付で日本銀行総裁を辞職。

このことからもわかる通り、安倍元首相の意向により、日銀は急遽、金融政策の変更を迫られました(注2)。

(注2)2%物価目標自体は、白川総裁の在任中である2013年1月22日に設定されましたが、その直後である2月5日に、白川氏は辞任する意向を表明しています。

このような状況下では、「日本にとってベストなインフレ率」を議論する時間はありません。

また日銀法は、日銀が政府から独立した組織であるとしているため、日銀が大規模緩和を行うには、「政府からの要望に応じて」という訳には行かず、なんらかの理由付けが必要です。

そこで、「物価目標の達成」を大規模金融緩和が行われる理由とし、物価目標の値に関しては、時間がないこともなり、「グローバル・スタンダード」がそのまま使われた、と考えられます。

 

 

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